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季節は再び若草色に眩しい。短い春の外出に出かけたくなるが、一人の時間は心もとなく、誰かと過ごす約束は往々にして足を引っ張る。日々の用事に振り回され、本当にやりたいことを後回しにしてしまうのは、まさに時間の浪費ではないか。このままでは影のように人生を費やしてしまいそうだ。少し前、動物園からオオカミが脱走して騒動になった。刑務所を脱走した受刑者のように、隔離された場所を抜け出したチョドゥスンのように、被害が出るのではないかと懸念された。監視カメラの映像に映ったオオカミは、脱走した動物園の方を何度も振り返っていた。帰巣本能もあっただろうが、自由に直面した恐怖の方が大きかったのだろう。ドローンや熱画像カメラ、罠が設置され、警察の特殊部隊や消防隊が捜索に動員されたと聞けば、軍事作戦を彷彿とさせた。
9日後に捕獲されたオオカミの胃からは、魚と釣り針、落ち葉が見つかったという。どれほど飢えていれば、釣り針の刺さった魚や落ち葉まで口にしたのだろう。人間も動物も、自由には自分で守る責任が伴う。退勤途中、子どもたちとチャンリョンムンの芝生で凧を揚げながら束の間の余暇を楽しんだ。観光客でにぎわう場所の一角にアンデスカフェが目に入る。サンボニャを奏でながらアンデス音楽会を開いていた。昔、南米旅行でアンデス音楽に魅せられて職を辞めたカフェの主人は、いまもその世界に閉じ込められながらコーヒーを焙煎している。自由を求めた末に、結局は私たちの中で飼いならされたオオカミのように、青春の夜行性を失ってしまった。彼が描いた自由の夢はいまも有効なのだろうか。













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