
先日、知人の先輩教授が東京を訪れた際、都心ではベンチがほとんど見当たらず非常に困ったと漏らした。東京は超高齢社会であるにもかかわらず、地下鉄の駅はもちろんバス停にもベンチがない場所が大半で、街を歩き回って疲れても座って休めず大きな不便を感じ、到底理解できないと言っていた。
先進国で経済力もあるのに、市民のためのベンチを設ける予算がないはずはない。ではなぜベンチを設置していないのか。本当にそんなことがあり得るのかと疑問に思った。
以前東京を訪れた機会があったため先輩の愚痴を聞いていたこともあり、都内のベンチ事情を注意深く観察した。案の定、地下鉄の駅にもベンチはほとんど見当たらず、バス停でも見つけるのが難しかった。都内のバス停のうちベンチが設けられている停留所は3割にも満たないと聞き、大半のバス停にベンチがないことがわかった。
私も80代なので、都内を旅行中に座って休める場所を探して苦労した。上野公園を見物しようと入り口からかなり入ったがベンチは見当たらなかった。足が痛んでいたので、入ればベンチがあるだろうと期待していたが、ずっと進んでもベンチはなく、コンクリートの盛り上がりに腰を下ろして休むほかなかった。もっと奥に行けばベンチがあるかもしれないが、結局ベンチにありつけず帰路についた。私も東京旅行でベンチを見つけられず非常に辛かったが、先輩教授はさぞ大変だっただろうと感じた。
だが、東京でベンチが見つけにくいのにはそれなりの理由がある。すなわち都市政策や社会的背景が作用した結果だという。
第一に、ホームレスの長期滞在場所になるのを防ぐためベンチを設置しない。第二に、防犯強化の一環として公共の場に物を長く置いたり滞在する空間自体を減らすためである。第三に、東京は世界的に人口密度が高く、ベンチの設置が通行の流れを妨げる可能性があるため歩行の流れを円滑にする狙いがある。第四に、公的施設を最小限にすれば管理費やごみ問題も減らせる。こうした理由からできるだけベンチを設けない方針だという。
高齢者や市民の不便を知らないわけではなく、ある程度の不便があっても都市環境を清潔に保ち治安を維持するためにはベンチ設置を最小限にすることを優先すべきだという都市当局の判断に基づく政策だと説明されている。
ベンチが見つけにくい理由がこのような配慮に由来するとは、日本人の几帳面さに感心せざるを得ない。しかもその政府方針に対して東京の市民が不便を甘受し、不満をあまり口にせず従っているからこそ可能になっているのではないかと考え、驚かされる。
では我々はどうか。全ての地下鉄駅にベンチが十分に用意されているだけでなく、バス停にもたいていベンチが設けられている。ソウルは東京より新しい都市の性格が強く、駅やバス停に余裕がある面もあるが、駅やバス停には多くのベンチが設置されている。
バス停には必要以上に椅子が置かれている場所も多い。冬には座れば暖房で寒さが和らぎ、冷暖房を備えたスマートシェルターまである。
ある交差点のビル前には人があまり座らない場所であっても複数のベンチが設置されていることもある。日本と比べると「ベンチ天国」と呼べるほどベンチが多いのが現実だ。
現状ではベンチ設置がそれほど社会問題を引き起こしているようには見えない。しかし今後、東京が懸念したような問題が我々に起きないかどうかは見守る必要がある。もしそうした問題が発生すれば、多額の費用をかけて設置したベンチを撤去せざるを得ないかもしれない。ぜひそうならないことを願う。













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