▲ ドイツの女子プロゴルファー、レオニ・ハームが奇跡の人生逆転ストーリーを綴った。
【スポーティビニュース=パク・デヒョン記者】 ドイツの女子プロゴルファーが奇跡的な逆転を成し遂げた。
レオニ・ハーム(ドイツ)は18日(韓国時間)、ドイツ・ハンブルクのグリーンイーグルゴルフクラブ(パー73)で行われた2026年ヨーロッパ女子プロゴルフツアー(LET)アムンディ・マスターズの最終ラウンドで4アンダーの69を記録した。
4日間合計10アンダーの282でまとめ、アレクサンドラ・カサンドラ(南アフリカ)を1打差で下し、LET初優勝を飾った。
ヨーロッパのメディアはハームのプロ初勝利そのものよりも、初優勝に至るまでの「旅路」を大きく取り上げた。
1997年生まれのハームの人生は順風満帆ではなかった。
2013年、ハームは致命的な交通事故に遭い、生死の境をさまよった。
当時の年齢はわずか16歳だった。
スコットランドのメディア「バンカード」は、ハームの半生をドラマに例え、「10代のころ、飲酒運転の車にひかれる大事故に遭い、医療陣は生存率をわずか1%と見ていた」と伝え、事故直後に昏睡状態に陥り、(目覚めても)脳にどれほどの損傷が残るか予測できなかったと報じた。
ゴルフクラブを握り続けられるか、生き延びられるかすら不透明だった。しかし事故から13年が経った今、ハームはついにLETの頂点に立ち、感動的な物語を完成させた。
ハームは2023年に「ゴルフダイジェスト」の取材で当時の緊迫した状況を振り返っている。
「病院で医学的昏睡状態と診断された。1日ほど経つと生体信号は安定し始めた。しかし、昏睡を続けると長期的に脳損傷のリスクがあるため、医療陣が私を起こした。誰も脳損傷がどの程度か、再び歩けるかは分からなかった。」
「幸いにも私は回復した。しかし最初にした質問は、数週間後に開かれるドイツジュニア選手権に出られるかどうかだった。当時は事の重大さを全く理解していなかった」と笑いながら語った。
▲ ヨーロッパのメディアはレオニ・ハームのプロ初勝利よりも、初勝利に至るまでの「旅路」を大きく取り上げた。1997年生まれのドイツの女性ゴルファーの人生は順調ではなかった。2013年、ハームは致命的な交通事故に遭い、生死の境をさまよった。彼女の年齢はわずか16歳だった。ⓒ ‘Ladies European Tour’ SNS
ハームはアムンディ・マスターズ初日から好調なショットフィールを示した。
大会第1ラウンドではコースレコードとなる8アンダーの65をマークし、完璧なスタートを切った。
ただし第2ラウンドは2オーバーの75でやや失速した。
第3ラウンドも73でイーブンパーに終わった。
だが最終ラウンドではラスト2ホール連続バーディを含む4打スコアを伸ばし、最終的にリーダーボードの最上位を守った。
ハームは試合後、「2022年にもこの大会で優勝の目前でこぼれ落ちた記憶があるが、今回は最後までリードを守れて本当にうれしい」と語った。「母国ドイツのファンの前で優勝できたのは特別だ。多くの方が応援してくれて大きな力になった」と初優勝の喜びを口にした。
続けて「大会運営も素晴らしく、複数のドイツ選手がホームで優勝争いを繰り広げ、多くのファンが詰めかけた。女子ゴルフ全体とドイツ女子ゴルフにとっても意味のある瞬間だ」と付け加えた。
▲ レオニ・ハームは交通事故後にも一度試練を経験した。母親を癌で失う悲しみを乗り越えなければならなかった。 ⓒ スコットランド ‘バンカード’
ハームは交通事故後、母親を癌で亡くすという別の試練も経験した。
アムンディ・マスターズ優勝後、自身の歩みを静かに振り返り、胸中を明かした。
「回復力と粘り強さは確かに重要だ。私にもそういう姿を見せなければならない時があった。だが今は精神的に非常に良い状態だと感じている。そしてその状態がゴルフでの成功とともに訪れたことがとてもうれしい」と笑顔を見せた。
「振り返ると、いつも苦しむ必要はなかった。もう少し自分を許し、焦らなければもっと幸せになれたかもしれない。結局いちばん大事なのは、自分が自分の最良の友になることだ。自分と闘うのではなく、一緒に進む術を学ぶことが重要だ。実際、私は人生の多くを自分自身と闘いながら過ごしてきたように思う」と語り、成熟した心境を示した。













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