
先月、ある報道で「仁川がチャン・チャンソンの名を冠する体育館を建てる」と伝えられた。記事を見て、筆者の頭には20年前の記憶が鮮明に蘇った。喜びというより、ようやく動き出したことに安堵した。
三山洞の宅地開発に伴い、当時北部で不足していた体育施設を補うために体育館建設が進められていた。2006年の開館を目前に、地域の体育関係者らは仁川市に体育館名を「チャン・チャンソン体育館」にしてほしいと要請したが、住民の強い反対に遭い、結局「三山ワールド体育館」のまま決まった。
あの時は竣工をわずか2か月余りに控えた切迫した状況で、住民を十分に説得し趣旨を説明する時間も、共感を作る余裕もなかった。非常に残念な決定だった。その後、2014年のアジア大会を準備する過程で、主競技場を含む16の新設競技場の名称を市民公募で決める際にも、またしても機会を逃した。当時仁川市所属だった水泳選手パク・テファンの名を冠したムンハク・パク・テファン水泳場だけが、唯一スポーツ人の名前を採用された例だった。
2015年にはレスリング関係者を中心に「チャン・チャンソン・スポーツ英雄体育・記念館建設推進委員会」が発足した。チャン・チャンソン選手の住所がある延寿区のソンハク体育館の名称を「ソンハク・チャン・チャンソン体育館」に変えようという運動も続いた。延寿区長との面談が行われ、ソンハク洞の住民の署名を集めて体育会を通じて仁川市に提出する計画も立てられた。
それだけでなく、仁川の体育人会も、体育人の士気を高め、スポーツ都市としての正統性を守るべきだとして継続して要望してきた。地方選ごとにこの問題は必ず取り上げられた。
地域を代表する体育人の名前を讃えることは非常に意義深い。釜山には1976年モントリオール五輪で韓国初の金メダルを獲得したレスリング選手ヤン・ジョンモの名を冠した体育館がある。このように各自治体で地域を輝かせた体育人の名を施設に付す例は珍しくない。
ついに報道資料で体育館建設計画が公式発表された。今秋9月に着工、来年12月竣工を目標に敷地が確定し、完成予想図も公開された。ようやく実感が湧いてきた。
それでも一部のレスリング関係者や知人の間には好意的でない見方もある。選挙を前に発表されたのではないかという疑念だ。たとえそうでなくても簡単には信じられない空気がある。20年間、何度も試みては実現しなかったからだ。しかし、スポーツに与党も野党も、保守も進歩もあってはならない。スポーツはイデオロギーや思想を超える領域であり、政治的色彩が介入すべきではない純粋な価値の場である。
仁川が生んだスポーツ英雄チャン・チャンソンは、特定政党に属したことも、特定候補の選挙運動に関わったこともない純粋な体育人だ。生涯を体育に捧げてきた先達の人生が永遠に続くわけではない。
筆者の願いはただ一つ、存命中に「仁川広域市選手村チャン・チャンソン体育館」の竣工式に出席する姿を見ることだ。それこそが仁川がスポーツ都市としての誇りと礼遇を示す場面となるだろう。
/イ・ジョンホン 漢陽大学未来人材教育院兼任教授













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